商品コード:1430-025[COLUMBIA] O.クレンペラー/ メンデルスゾーン:交響曲4番Op.90「イタリア」, シューマン:交響曲4番Op.120

[ 1430-025 ] Mendelssohn / Schumann - Otto Klemperer, Philharmonia Orchestra – Symphonie Italienne / Symphonie N° 4 En Ré Mineur


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商品コード: 1430-025

作品名:メンデルスゾーン:交響曲4番Op.90「イタリア」 | シューマン:交響曲4番Op.120
演奏者:O.クレンペラー指揮フィルハーモニアo.
プレス国:フランス, France
レーベル:COLUMBIA
レコード番号:CCA 896
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7/6
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面3時に極小~小11+11回出るスレ→6
レーベルタイプ:【フランスでのステレオ第2版】---紺/銀音符段なしstéréo Gravure Universelle, 6時にMade in France(外周ラウンド), グルーヴガード厚手, マトリクス:YAX 603 21/YAX 604 21, Mスタンパー・M6 253305/M6 253306, 1966年頃の製造分・Mスタンパーとの2種並存のPathéプレス
ジャケット:【フランスでのステレオ・第2版】---棒付薄手ボード(細目紙薄手・ツルツル表面), 11時に□♬ Columbia □地球儀 EMI □STEREO Gravure Universelle , ⓅⒸなし, ジャケット裏年号:なし
トピックス:メンデルスゾーン:1960年2月15/18日ロンドン・EMI Abbey Road, Studio No. 1, London・でのモノラル/ステレオ録音, シューマン:1960年5月4/5日・Kingsway Hall London・でのモノラル/ステレオ録音, 録音技師: Douglas Larter, プロデューサー:Walter Legge, 英国では1961年 Columbia Graphophone Company Ltd.., Londonによりコピーライト登録・同年英COLUMBIA:33CX 1751/SAX 2398(B/Sレーベル)にて初リリース→1975年 His Master's Voice:SXLP 30178に変更, フランスではFCX 896/SAXF 218(紺/銀音符段付Stéréoレーベル・棒付厚手ボードジャケット入り)にて初リリース→1965年頃CCA 896(当装丁)→1970年頃 2C 053-00524---と変遷する, SAXF 896は存在せず, これはフランスでのステレオ第2版, 演奏:★★★★★, 音質:★★★★★, SAXFの100番/200番台はどれも最低2万円を超えるスーパー・ステレオ・オーディオファイルプレス

商品詳細:英国ステレオ・オリジナルは非常に高額なことでも知られるクレンペラーの名演。当盤はそのフランス・ステレオ第2版。1960年ロンドンでの録音。クレンペラーは同じ時期にメンデルスゾーン:交響曲第3番「スコットランド」も録音していて、それは特に名演とされている。オットー・クレンペラー(1885―1973)は、22歳でグスタフ・マーラーの推挙を受け、プラハのドイツ歌劇場の指揮者、さらにはベルリン・フィルなどに出演する。その後、ナチス・ドイツを嫌い、米国へ亡命を果たす。米国ではロサンジェルス・フィル音楽監督やピッツバーグ交響楽団を指揮し、これらのオーケストラの水準を大きく飛躍させた。しかし、1939年に脳腫瘍に倒れ、第2次世界大戦後は、ヨーロッパにおいて再起を果たすことになる。ロンドンでの客演が英国EMIのプロデューサーであるウォルター・レッグの目に止まり、1952年にEMIとレコード契約を交わす。1959年からはロンドン・フィルハーモニア管弦楽団の初代首席指揮者として1973年まで君臨しEMI(英COLUMBIA)に多くの録音を残した。この楽団は英国EMIのレコード作成用楽団だったが、創立者ウォルター・レッグの同社辞職に伴い、レッグは同オーケストラの解散を宣言し(オーケストラは彼個人の所有物だった)、「フィルハーモニア管弦楽団」の名称すら売却してしまった。しかし、楽員たちは「ニュー・フィルハーモニア管弦楽団」(後に名称は元に戻る)として自主運営を始め、クレンペラーも楽団の会長に就任して多くの録音を残した。ある女性奏者は「神様のもとで演奏出来て、そのうえ給料まで戴けるなんて申し訳ない」と漏らしたという逸話も残っている。その独特な性格にも関わらず、クレンペラーは多くの音楽家から敬意を持って遇された。クレンペラーのメンデルスゾーン/シューマンを一言でいうなら重量級の正統派に尽きる。ジョージ・セルと正反対のスタイルながら何方も名演とされるのはなぜだろう。音楽はどんなアプローチでも聴いた人間が大いなる満足を感じればそれが名演となる。クレンペラーはこちらのスタイルでの一つの完成形を極めた指揮者といえる。特にシューマン4番はテンポも遅くなく気迫さえ感じられる本物の名演だろう。フィルハーモニア管弦楽団は1964年に資金不足を理由に突如の活動停止・解散を通告した。フィルハーモニアは自主運営組織によるニュー・フィルハーモニア管弦楽団(New Philharmonia Orchestra)として再出発することになった。クレンペラーは名誉総裁となる。1972年1月、87歳のクレンペラーは公式に引退を宣言。リッカルド・ムーティに常任指揮者就任を引き継ぎ1977年からは再びフィルハーモニア管弦楽団に戻る。なおリッカルド・ムーティ が1973年 - 1982年までクレンペラーの後任として首席指揮者となった。これはニュー・フィルハーモニアとなる以前の録音。

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