商品コード:1429-033[VSM] A.ワイセンベルク(pf) / ラフマニノフ:Pf協奏曲2番Op.18, フランク:交響的変奏曲
商品コード: 1429-033
商品詳細:1966年パリで奇跡の復活を遂げたピアニスト、ワイセンベルク(1929年ブルガリア生まれ)。当時パリo.のシェフを兼任していたカラヤンに見初められ、1970年パリで初めてチャイコフスキー:Pf協奏曲1番の共演録音を行った。以来ワイセンベルクは殆どカラヤンの専属ピアニストのような状態になるが、プレッシャーの中でよくその期待に応えた。これは1972年カラヤンの本拠地ベルリンに乗り込んでの録音。最初で最後のラフマニノフ:Pf協奏曲2番となった。Pf協奏曲3番は2回録音している。Pf協奏曲1/4番の録音は無い。既に両者はチャイコフスキー1番を入れており、その直ぐ後の録音でお互いに勝手はわかっている。そしてこの後、1974年からベートーヴェン全集へと繋がっていく。アレクシス・ワイセンベルク(1929- 2012)は、ブルガリア生まれのユダヤ人ピアニスト。苦労の末、米国に脱出した過去を持つ。その後、1946年にニューヨークのジュリアード音楽院に入学。サマロフ、ランドフスカ、そしてシュナーベルの指導を受け、卒業した時には、ワイセンベルクは各国から招かれるほど有名になっていた。1947年にレーヴェントリット国際コンクールで優勝、同年にジョージ・セル指揮のニューヨーク・フィルハーモニックと共演してデビュー。1956年パリに移り住み、数年間は主要な舞台から基本的に遠ざかり、技術とレパートリーの研鑽に励んだ。この時、彼はこう記している---「若い頃、私は新しい作品を非常に早く習得し、あまりにも早く演奏しすぎた。10年後には、私のレパートリー全体が過剰に演奏され、十分に研究されていない状態になっていただろう。50歳になってもまだ「将来有望なピアニスト」のままでいるのは嫌だったのだ。」---。1966年パリでのリサイタルで演奏活動に復帰し、1967年からはカラヤンと共演を重ねる。以降、コンサート、レコーディングを精力的に行い、一流ピアニストとしての地位を不動にした。復帰後はEMIと契約し、多くの録音を行った。特に1960年代中期から始まるEMI系への録音は良い物が多い。EMI系と並行して1967-1971年頃までRCAに僅かな録音を入れるも1980年代中期までEMI系に籍を置き、多くの録音を残した。ピアノソロ録音も非常に多く、EMIレーベルの1970年代におけるピアニストの顔となっていた。ワイセンベルクは相手がカラヤンでも臆することなく自信を持ったソロを展開する、2年前のパリでのチャイコフスキー1番のようにここでも白熱した展開を予想したが、意外にも二人とも落ちついてしんみりとして始まる。曲の性質もあるが、両者が緊密にかみ合った繊細な協奏曲となった点がパリとは大きく異なる。
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