商品コード:1393-030p[MELODIYA] E.フォイアーマン(vc)/ ハイドン:Vc協奏曲2番Op.101, シューベルト:アルペッジョーネ・ソナタ D.821

[ 1393-030p ] Emanuel Feuermann - Schubert, Haydn – Concerto and Sonata for Cello and Orchestra


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商品コード: 1393-030p

作品名:ハイドン:Vc協奏曲2番Op.101 | シューベルト:アルペッジョーネ・ソナタ D.821
演奏者:E.フォイアーマン(vc)M.サージェント指揮ロンドンpo.---(ハイドン), G.ムーア(pf)---(シューベルト)
プレス国:旧ソ連, Soviet Union
レーベル:MELODIYA
レコード番号:Д 031235
M/S:モノラル, monaural
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【旧ソ連でのLPのオリジナル世代】---紺/銀DL(ダブルレター), ▽33, グルーヴガード厚, ГОСТ 5289-68, TУ-なし, スタンパー/マトリクス:33Д 031235 3-1/33Д 031236 3-1, 露語表記・国内仕様, 1971年頃の製造分, プレ・メロディアレーベル存在せず, モスクワ・オールユニオン「 Vsesoyuznaja Studija Gramzapisi」シサユーズナヤ工場製作
ジャケット:【旧ソ連でのLPのオリジナル世代】---両面紙ペラ(モスクワ・オールユニオン), ジャケット裏年号:Apt. 11-8 Зак.なし, Ⓒなし, 製作/印刷:Всесоюзная студия грамзаписи. Запись
トピックス:【初入荷の希少タイトル!】---ハイドン:1935年11月25日ロンドンのEMIアビー・ロード第1スタジオでのSP録音, SPが英COLUMBIA:LX 472-5/LX 8227-30(12"×4枚)にて初リリース, シューベルト:1937年6月29-30日ロンドンのEMIアビー・ロード第1スタジオでのSP録音, SP発売は不明, LPへの復刻は1950年代に米COLUMBIA:ML 4677が最初である, 米RECITAL RECORDS:IGI 385等でも復刻された, 旧ソ連では1971年頃旧ソ連で流通していたSPから独自にLPに復刻されMELODIYA:Д 031235(DLレーベル世代)の当装丁にて初リリース(当アイテム)→1970年代中期からSLレーベルに変更される, 英国では1967年頃His Master's Voice:HQM 1079(アルペッジョーネ・ソナタ+ベートーヴェン:Vcソナタ3番+小品)で初LP化された・ハイドン協奏曲の初復刻は不明, フランスでは1980年代にレフェランスシリーズ・2C 051-43372で初LPリリースされた, これは旧ソ連での初復刻LP・旧ソ連での初年度リリース分LPオリジナル!初入荷の希少タイトル!

商品詳細:ハイドンは1935年ロンドンでの英コロンビアへのSP録音。オーケストラ名の記載はないがロンドン・フィルハーモニー管弦楽団ではないかとされている。フォイアーマンはべルリンで1928年4月/9月ドヴォルザークのVc協奏曲のSP録音もある。ハイドン:Vc協奏曲2番は当初英国COLUMBIAから12"×4枚のSPセットで初リリースされた。1934年と36年には来日公演も果たした有名なチェロ奏者だった。エマーヌエル・フォイアーマン(1902 - 1942)は現・ウクライナのコロミヤ生まれ。フォイアーマンが5歳となった1907年に一家はウィーンへと移り住むが、これはあくまで兄ジグムントのデビューを控えてのものであった。ウィーンにおいてフォイアーマンは、9歳のころから当時ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェリストでアルノルト・ロゼ主宰のロゼ弦楽四重奏団のメンバーでもあったフリードリヒ・ブックスバウムに師事するようになる。その後ライプツィヒに赴き、高等音楽院に入学してクレンゲル門下となる。フォイアーマンは10代ながら音楽院で教鞭を執り、ケルン・ギュルツェニヒ管弦楽団首席指揮者のヘルマン・アーベントロートの指名により管弦楽団の首席チェリストに就任した。1933年ナチの台頭によりユダヤ系のフォイアーマンは職を解雇されシモン・ゴールドベルクやパウル・ヒンデミットらとともにロンドンへ亡命した。1934年には米国に渡りB.ワルター指揮のニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会に参加する。ソリストとしてもトスカニーニとの共演やハイフェッツ、ルービンシュタインとのいわゆる「100万ドル・トリオ」の結成を行い、米RCAへ録音を開始した。1942年アメリカ市民権を取得したが直後に行った手術の合併症で腹膜炎を併発させ、5月25日ニューヨークで世を去った。従ってフォイアーマンにLP録音は存在しない。旧ソ連NOSP復刻盤は自国に流通したSPを基に独自に復刻した盤で西側のコピーではない。音質も極めて良好!

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