商品コード:1394-019n[ETERNA] S.ラップ(pf) K.マズア/ ラヴェル:左手のためのPf協奏曲, ノヴカ:Pf協奏曲1番Op.71

[ 1394-019n ] Ravel, Dieter Nowka, Dresdner Philharmonie, Siegfried Rapp, Kurt Masur


通常価格:¥ 4,400 (税込)

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商品コード: 1394-019n

作品名:ラヴェル:左手のためのPf協奏曲 | D.ノヴカ:左手のためのPf協奏曲(Pf協奏曲1番)Op.71(1963)
演奏者:S.ラップ(pf)K.マズア指揮ドレスデンpo.
プレス国:旧東ドイツ, Germany East
レーベル:ETERNA
レコード番号:826 079
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:8/7
評価/ジャケット:A
キズ情報:
レーベルタイプ:【旧東ドイツでのオリジナル】---黒/銀, グルーヴガード厚, スタンパー/マトリクス:826 079-1A/826 079-2A , Time Code:C0 W RU-KU/:C0 W RU-KU, 1970年3月製造のスタンパーによる1970年製造分(旧東ドイツ最古)
ジャケット:【旧東ドイツでのオリジナル】---両面ツヤペラ, 2時にETERNA(青文字), ジャケ裏年号:Ag 511/01/70(旧東ドイツ最古)
トピックス:1968年6月10-13・26日ドレスデン・ルカ教会スタジオ(Studio Lukaskirche, Dresden)でのステレオ録音, 録音技師:Bernd Runge /Horst Kunze, プロデューサー:Heinz Wegner, 1970年VEB Deutsche Schallplatten Berlin. DDRによりコピーライト登録・同年ETERNA:826 079(当装丁)にて初リリース, これは旧東ドイツでの初年度リリース分オリジナル, ETERNAで最初のラヴェル:左手のための協奏曲の録音と思われる, D.ノヴカ(1924-)旧東ドイツ生まれの作曲家(初録音と思われる)

商品詳細:演奏者のゲオルク・ジークフリート・ラップは、1917年生まれのベテラン(独生まれ)だが、第二次世界大戦で右手を失ったピアニスト。これは1969-70年頃、技師ルンゲとクンツェにより録音。一般に、ラヴェルの左手の協奏曲は、ピアノ協のB面として扱われることが多い。この時期、戦争の悲惨さを扱った左手の曲に注目したい。内容はまことに見事。オーディオ・ファイルで録られたオケもピアノも凄い。フランソワを軽く超える内容。美しい曲だが、曲の内側を是非洞察して欲しい!ピアニスト、ジークフリート・ラップ(1917 - 1977)はザクセン州ケムニッツ(ドレスデンの南)の生まれ。ライプツィヒ音楽院でロベルト・タイヒミュラーに師事し、ピアノを学んだ。第二次世界大戦中はロシア戦線に従軍し、榴散弾の破片で右腕を失った。その後、ピアノの勉強を再開し、片手演奏を専門とした。ラップは1950年代の東ドイツで人気ピアニストであった。ベンジャミン・ブリテンの「ピアノ、左手とオーケストラのためのディヴァージョン」を頻繁に演奏し、高い評価を得ていた。実際、彼の演奏の一つは、彼の許可なく録音され、あるラジオ局によって販売されていた。1950年頃、ラップはプロコフィエフのピアノ協奏曲第4番(左手のための)に左利きの献呈者であったパウル・ヴィトゲンシュタインに、自ら演奏する許可を求めた。プロコフィエフは1931年にヴィトゲンシュタインのためにこの協奏曲を作曲しており、ヴィトゲンシュタインは生前、この協奏曲を独占的に演奏する権利を持っていたが、19年経ってもピアニストがその内在する論理を理解できなかった為、未だ演奏されることはなかった。ヴィトゲンシュタインはラップの初演の要請をきっぱりと拒否した。しかし1956年9月ヴィトゲンシュタインはラップに演奏の許可を出した。ラップは同月の5日、マーティン・リッチ指揮ベルリン放送交響楽団の演奏でこの協奏曲をベルリンで初演した。これは1968年ドレスデン・ルカ教会スタジオで録音された東独で最初のラヴェル:左手のための協奏曲となった。両手で演奏される例(ラヴェル:協奏曲のB面に)も多い曲だが、右腕を失ったピアニストには重要なレパートリーになる。単一楽章形式で、両手で弾いているかのような錯覚を起こさせるほどの、壮大で美しい音楽が魅力である。B面のディッター・ノヴカ(Dieter Nowka・1924-1998)はブランデンブルク州コットブス近郊のマドロウ生まれの作曲家、指揮者、音楽学者であった。ベルリン=シャルロッテンブルク音楽アカデミーの外部生としてヘルマン・グラブナーに師事し、音楽理論と対位法を学んだ。フリーランスの作曲家として活動した。1959年より、東ドイツ作曲家・音楽学者協会(VDK)のメクレンブルク作業部会の議長を務めた。1974年から1990年に退職するまで、ワイマールのフランツ・リスト音楽アカデミーで作曲と音楽理論を教えた。ここではピアノ協奏曲第1番を演奏。この曲もまた左手のための 作品である。これが初録音と思われる。ロマン的であり聴きやすい。

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