[MELODIYA] I.ジューコフ(pf) G.ロジェストヴェンスキー指揮 M.ユロヴスキー指揮/ チャイコフスキー:Pf協奏曲3番Op.75 他, スクリャービン, リムスキー・コルサコフ

[ 1228-054n ] Rimsky-Korsakov, Scriabin, Tchaikovsky, Igor Zhukov, Gennadi Rozhdestvensky / Mikhail Yurovsky

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商品コード: 1228-054n

作品名:チャイコフスキー:Pf協奏曲3番Op.75, Pfと弦楽の為のアレグロ(1864) | スクリャービン(Grigori Zinger編):2台ピアノのための幻想曲 イ短調(1台用協奏曲編曲), リムスキー・コルサコフ:Pf協奏曲Op.30
演奏者:I.ジューコフ(pf)G.ロジェストヴェンスキー指揮ソビエト放送so.(Pf協奏曲3番/リムスキー・コルサコフ) M.ユロヴスキー指揮ソビエト放送so.(アレグロ/スクリャービン)
プレス国:旧ソ連, Soviet Union
レーベル:MELODIYA
レコード番号:SM 03021
M/S:ステレオ, stereo
枚数・大きさ:12インチ, 30cm×1
評価/レコード:7
評価/ジャケット:A
キズ情報:A面10時に長い無音ヘアラインあり
レーベルタイプ:【旧ソ連での第2版世代】---青/銀SL(シングルレター), CTEPEO ○○33, Made in USSR, グルーヴガード厚, ГОСТ 5289-なし, TУ-43.10.1.74, Repertoire group:なし, Price Code:なし, Год выпуска(発行年):なし, スタンパー/マトリクス:33CM 03021 3-2/33CM 03021 3-1 (ラウンド小文字スタンパー・MELODIYA通常タイプ), 露語表記・国内仕様, 1970年代スタンパーによる1976年頃製造分, プレ・メロディア・レーベル存在せず, DLレーベル存在する, 最古レーベル・最厚プレスではない, 更に古いマトリクス存在する, モノラル存在せず, RIAAカーヴである, MELODIYA音源のMELODIYA製作プレス, モスクワ・オールユニオン「 Vsesoyuznaja Studija Gramzapisi」シサユーズナヤ工場製作, 第2版世代, 2nd issue generation
ジャケット:【旧ソ連での第2版世代】---両面紙ペラ(モスクワ・オールユニオン), Made in USSR, 表記されたジャケット番号:CM 03021-2, Price Code:なし., 背文字:なし(国内仕様の為), (C)なし, 露語表記・国内仕様, ジャケット裏年号:Apt. なし Зак.なし, 製作/印刷:Всесоюзная студия грамзаписи. Запись, 第2版世代, 2nd issue generation
トピックス:1971年又はそれ以前の旧ソ連でのステレオ録音, 録音技師:Valentin Skoblo, プロデューサー:Marvin Schwartz, 1971年MELODIYA:SM 03021(DLレーベル)にて初リリース→1976年頃S10 06973に番号変更(未入荷), これは1976年頃製造のSLレーベル第2版盤が同じ頃製造のジャケットに入るケースで初期盤, 過去にDLレーベルの入荷はない, Pf協奏曲3番/リムスキー・コルサコフがG.ロジェストヴェンスキー指揮・スクリャービン/Pfと弦楽の為のアレグロがM.ユロヴスキー指揮でオケは全てモスクワ(ソビエト)放送so., スクリャービン:幻想曲は原曲が二台ピアノのための幻想曲(オケなし)だがGrigori Zinger編曲による1台Pfと管弦楽用のPf協奏曲風に編曲されたもので他にこの編曲の録音はないと思われる, 原曲の二台ピアノ用のソナタ録音が存在する, チャイコフスキー:Pf協奏曲3番Op.75については第1楽章「アレグロ・ブリランテ」のみ録音で後にタネーエフ編の『アンダンテとフィナーレ』の追加楽章は収録せず, ジューコフはチャイコフスキーのPf協奏曲1番と2番も録音しておりMELODIYAで初めて3曲録音したピアニストである。3番は唯一の録音と思われる

商品詳細:イーゴリ・ジューコフ(1936- 2018)は旧ソ連のニジニ・ノヴゴロドに生まれるが、翌年、家族に連れられモスクワに移る。1955年よりモスクワ音楽院に学ぶ。当初はエミール・ギレリスに、その後ゲンリフ・ネイガウスに師事した。在学中の1957年ロン・ティボー・コンクール2位入賞。1960年にモスクワ音楽院を卒業する。西側にも出ているがロシアン・スクール出身。1936年生まれ。ネイガウス門下生の1人。かなり個性的で、バリバリと情感を出して弾きまくる、驚異的エネルギーの持ち主。チャイコフスキーの協奏曲をきっちり3曲入れている数少ないピアニスト。中でもあまり録音されない2/3番が凄い。技量・感性、共に第一級。しかし日本での人気が今ひとつなのが不思議。録音技術そのものにも情熱を持って関心を寄せており、「私は録音技師の中で最高のピアニストなのであり、ピアニストの中で最高の録音技師なのだ」と発言したことがある。ピアニストとしての活動以外では、モスクワ室内管弦楽団を率いて、1994年に引退するまで指揮者として活動した。また室内楽奏者としては、ヴァイオリニストのグリゴリー・フェイギンやチェリストのヴァレンティン・フェイギンと共に、1963年にジューコフ・ピアノ三重奏団を結成し、1980年まで古今の幅広いレパートリーによって演奏・録音に取り組んだ。録音は多いが中でもチャイコフスキーの協奏曲に1~3番の全曲録音で知られる。3番の録音はMELODIYAでは1980年以前にはジューコフしかいなかった。曲自体マイナーでチャイコフスキー最後の協奏曲であり未完。当初、『人生』と銘打った交響曲を構想していたが、それを破棄してピアノ協奏曲に変更した。「悲愴」交響曲以降に構想しただけあって内容は悪くないが、チャイコフスキーは死去した為、結局のところ作曲者が完成させることができたのは第1楽章「アレグロ・ブリランテ」のみであり、それが死後に遺作として作品75という番号付きで出版された。チャイコフスキーの死後、その弟子のセルゲイ・タネーエフがこの曲の緩徐楽章と終楽章のスケッチを補筆・編集し、『アンダンテとフィナーレ』とした(出版にあたって「作品79」とされた)。なお、後にこの曲やタネーエフ編の『アンダンテとフィナーレ』などを基にして、チャイコフスキーが当初考えていた『人生』交響曲の再構成の試みが行われている。その一つが、1950年代にロシアの作曲家セミヨン・ボガティレフが4楽章の交響曲に編集し直した『交響曲第7番変ホ長調』である。さらに、2005年にロシアの作曲家ピョートル・クリモフが3楽章の交響曲として編集し直している。日本ではこのクリモフ版を「未完成交響曲『ジーズニ』(ロシア語: Жизнь)」と呼び、日本初演、及び録音が行われている。ジューコフは勿論残された第1楽章「アレグロ・ブリランテ」のみ録音し、A面の8割を使用。タネーエフ編の『アンダンテとフィナーレ』はこのLPには収録していない代わりに1964年の秀作「ピアノと弦楽の為のアレグロ・ハ短調」が収録。3分程度の短い曲でこの2曲をA面に収めた。B面はスクリャービン(ジンガーによる協奏曲編):幻想曲とリムスキー・コルサコフのPf協奏曲を収録。

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